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病院企画

  • 検査部取材企画「あなたの検体はどこへ向かうのか」③

    専門家の力 患者さんから採取した血液検体の検査は、現在では多くが自動化されている。人の関りが少ないように見えるが、日常診療で使用されている臨床検査データは、誤診が起きないように徹底した人による管理が行われ、その精度が担保されている。 精度を管理せよ​ どんな優れた機械、優れた方法を用いようと、測定誤差というものは常に存在する。それのみならず、検体の取り扱いが適切でなければ、正しいデータが出るはずがない。その管理は人の力による。 東北大学病院検査部では、ISO15189という臨床検査室における検査の品質と能力に関する要求事項を満たす国際規格を取得している。日常の検査では、検体の採取から搬送、実施中の検査と装置の管理、検査後のデータが医師に届くまでの一連を管理し、正確な検査データが迅速に届くように行われている。 必要なデータを追い求める また、各分野に精通した臨床検査技師が検査を行うことで、病気の早期発見のため医師への付加価値のある情報提供も行っている。例えば、検査データを見て、診断をするにはデータが足りないと判断した場合は、上記のフローサイトメトリーなどの追加検査を実施するなど、必要な検査を医師に対して提案することもある。 総括 採血検査は非常にメジャーな検査だ。しかしながら、採血後の血液検体がどこにいくのかということについては、一般的に広く知られているとは言い難い。そこで今回は、生化学検査と血液検査がどのように進むのかという舞台裏を紹介した。 検査部では日夜、診療に不可欠なデータを提供している。そしてそれは、専門家による人の力と、最先端の機材による機械の力あってこそなのだ。 参考文献 メディックメディア(2017)「検査」, 医療情報科学研究所「病気がみえる vol.5 血液(第2版)株式会社メディックメディア」p.12 東北大学病院「各検査室紹介 | 東北大学病院」, 東北大学病院, https://www.hosp.tohoku.ac.jp/departments-3/d3101/introduction/ (2022/10/05) 日本医療検査科学会(2020)「日本医療検査科学会第52回大会 第10 回 血液検査機器技術セミナー」, 日本医療検査科学会, https://jcls.or.jp/wp-content/uploads/2021/04/cdcdf780609304d0f717b7741aaf2d81.pdf (2022/10/05) 文責:東北大学医学部医学科4年 病院企画班 松原光希

  • 検査部取材企画「あなたの検体はどこへ向かうのか」②

    血液検査 その他に行われているのが血液検査だ。生化学検査では血清または血漿中の分子を検査していたが、こちらでは赤血球や白血球、血小板など、血液中の細胞の数や異常を見つける、よりマクロな検査が行われている。また、止血に関わる凝固系の検査や血小板の機能検査、血栓症に関わる検査なども行われている。 血球算定・血液像​ ↑血球分析に用いる装置一式 血球算定の検査検体は、専用の採血管に採血され検査室に運ばれてくる。検体は専用のラックに収められ、この装置にセットされる。 多項目自動血球分析装置​ ↑多項目自動血球分析装置 血液中の赤血球や白血球、血小板などの血球は、体中の組織に酸素を運んだり、細菌やウイルスなどの病原体と戦ったり、止血に関わったりする重要な細胞である。それがどれ程存在しているか、またそれらに異常はないかというのは、臨床上非常に重要な情報だ。 かつては顕微鏡を使って一つ一つ血球を数えていたこの検査も、今や自動化されている。1回の検体吸引により、赤血球、白血球、血小板の計数、ヘモグロビン濃度、白血球分類の測定が可能である。この測定を「血算」と呼ぶ。 血球計数の基本的な原理は、「シースフローDC検出法」と呼ばれる原理が用いられている。これは血球が殆ど電流を通さないことを利用し、血球が極小の孔を通る時の周辺の電気抵抗の変化を計測することで、孔を通過した血球の数と体積を導き出している。血球の大きさはその種類によって異なるので、そこから血球の分類が可能である。 貧血の診断に使用されるヘモグロビン濃度は、「SLS-ヘモグロビン法」という原理を用いている。赤血球内に含まれるヘモグロビンを試薬により転化させ、その色素から検体のヘモグロビン濃度を算出するものである。 白血球分類の測定は、半導体レーザーを利用したフローサイトメトリー法を用いている。血球一つ一つにレーザーを当て、その散乱光をとらえることで、血球の大きさや内部構造の複雑さ、細胞内成分の多寡を判別するものである。これにより白血球を好中球、好酸球、好塩基球、単球、リンパ球に細分類し、その増減、また異常な血球の有無を解析する。 ↑フローサイトメトリーの概略図 収納機 ↑収納機 右にあるのが先程の多項目自動血球分析装置である ↑収納機の内部 血算で特に異常が認められなかったものは、この収納機に一時保存される。仮に再検査や追加検査が必要だった場合に備え、必要になった検体をすぐに取り出せるように収納ポジションが把握できるように管理されている。 塗抹標本作成装置・鏡検 ↑塗抹標本作製装置 右に先程の収納機が置かれている 血算測定で異常が見つかった場合、臨床検査技師による顕微鏡観察が必要となる。この塗抹標本作製装置は、その作業を驚異的に効率化するものだ。 先の装置で血算を測定したときに異常が検出された場合、検体は先程の収納機に収められる前に、この装置に入る。この装置は少量の検体を薄くスライドガラスに広げた「血液塗抹標本」を自動で作る。血液像の観察では、適切に作製された標本を使用しないと血液細胞の異常を正確に判定することができない。この装置の活躍により、顕微鏡検査を担当する臨床検査技師たちは、この装置からスライドガラスを取るだけで、良質な塗抹標本を得ることが出来るのだ。 塗抹標本を作り終えると、検体の入った採血管は今度こそ収納機に収められる。 ↑顕微鏡観察に使われる顕微鏡 原始的とも思える顕微鏡観察であるが、これもまた重要な検査である。 血球の中には装置では検出できない細胞形態の変化というものも存在する。たとえばウイルス感染時のリンパ球の変化や正常細胞に紛れ込んでいる造血器腫瘍細胞などは装置で完璧に識別できるわけではなく、顕微鏡下で人の目でとらえられる。詳細な細胞分類は機械で行うには至っておらず、判別するには鏡検が必須なのである。 検査機器の性能は向上しているが、その機械を効果的に使用し、人の力を合わせることで病気の早期発見ができるのである。 凝固系​ ↑全自動血液凝固測定装置 凝固系:血液はきちんと固まるか ヒトの血液には凝固系という止血システムが存在する。血中のフィブリノゲンという糖タンパクはトロンビンの作用により、フィブリンというメッシュ状の繊維に変化し、血液を凝固させる。 この凝固系を試験管内で再現し、血液が凝固するまでの時間を測定することで、止血異常などの有無を確認することができ、手術など処置前の非常に重要な情報となる。この機械では凝固系を活性化させる試薬を検体の血漿成分に投入し、凝固するまでの時間を自動で計測してくれる。これにより止血の能力やその異常を確認することができ、また現在では、血液中の凝固反応の過剰を表す分子マーカーや血栓の有無をとらえることもできる。 フローサイトメーター 多項目自動血球分析装置に搭載されているフローサイトメトリーだが、細胞解析に特化した専用の機材も存在する。 こちらでは、細胞にレーザーを照射し、その散乱光から得られる情報だけではなく、蛍光色素の付いた抗体を利用することで、細胞表面または細胞内にある細胞系統を特定する抗原や細胞機能を表す分子を同定することが可能である。 ここから得られる情報は、リンパ球サブセットの分類や、造血器腫瘍の診断に使用される。顕微鏡ではわからない細胞の特徴や異常をこの機械でとらえることができる。 このフローサイトメトリーを院内のルーチン検査で実施している施設は少なく、多くは外注委託となっている。東北大学病院検査部では上記の検査を行った上で、更に情報が必要な場合に、さまざまな造血器腫瘍に柔軟に対応し、迅速な検査結果の報告を行っている。 ↑フローサイトメーター

  • 検査部取材企画「あなたの検体はどこへ向かうのか」①

    診療現場において日常的に行われている血液検査。診断にも治療効果の評価にも不可欠な血液検査だが、そのデータがいかにして報告されているかということは、あまり知られていない。 今回は患者さんから採取された検体が、如何なる工程を経て、診察室に届けられるデータとなるか紹介していく。 生化学検査 まず紹介するのは、特定分子の濃度や活性を測定する、いわゆる生化学検査だ。 生化学検査の項目には血糖や総蛋白、脂質といったものや、ASTやLDH、γ-GTPといった酵素、クレアチニンのような代謝産物などがある。 異常所見が何を示唆するかはそれぞれの指標によって異なる。例えばASTやALTが上昇していれば肝疾患を疑い、クレアチニンの異常高値があれば腎機能障害や脱水を疑うことが出来る。 徹底的な自動化 かつてはこれらの検査も一つ一つ臨床検査技師の手で行われていたそうだが、現在の東北大学病院では、一日に800~1000件もの検体を検査せねばならない。その数に対応するため、検査件数の多いものに関しては、検査の工程の殆どが高度に自動化されている。 採血室から来た検体は、まずこの装置によって遠心分離を受ける。 ↑遠心分離機 これにより血液は「血餅」と「血清」に分離される。生化学検査に必要なのは、この透き通った血清の方だ。 ↑血餅(下部)と血清(上部)に分離された血液検体 両者を分ける中央部の白色の分画は分離剤 分離された検体は、次のこの自動分注装置にセットされる。 ↑自動分注装置 ここからの処理は、その殆どが自動で行われる。 生化学検査は複数の分析装置で行われる検査を一本の採血管で賄っている。分注装置は検体の入った採血管のバーコードを読み取り、病院システムから依頼された検査を参照し、検査に必要な分析装置数に応じて子管に分注する。さらに子管はベルトコンベア(搬送システム)で各検査装置に運ばれ、検査依頼に応じて各検査が全自動で行われることになる。子管に分注するメリットは、複数の検査装置で同時に検査が開始することができるため、報告時間を短縮できる点である。 一時間に80人分:生化学検査自動分析装置 ↑生化学検査自動分析装置 この自動分析装置では、肝機能の検査に必要なASTやALT、腎機能を反映するクレアチニンや尿素窒素など、非常に多くのバイオマーカーを測定している。 ↑生化学検査自動分析装置の一部。4本のアームで試薬を撹拌する。黒い円状のパーツに開いている四角形の穴が、検体や試薬を入れる「セル」である この機械の中では、ラベルから行うべき検査を読み取り、それに対応した試薬の注入と吸光度測定を実施し、目的の物質の濃度や活性を導き出す。この工程は全自動で行われる。 検査速度も非常に速い。この機械一台で、最大で一時間に2000テストもの検査を行うことが出来る。一検体で行う検査数や、試薬と検体を反応させるパーツである「セル」の洗浄時間を加味しても、一時間に70~80人分もの検体を測定することが出来るという。 腫瘍マーカーやホルモンのスペシャリスト:化学発光免疫測定装置 完璧にも思える自動分析装置だが、弱点は存在する。吸光度測定によって濃度を計測するという都合上、腫瘍マーカーやホルモンなど、血中濃度が非常に低い物質の解析は困難なのだ。 自動分析装置で分析可能な物質の一つ、直接ビリルビンの正常値は0.5 mg/dL以下とされている。一方で胃癌や大腸癌の腫瘍マーカーであるCEAの正常値は5.0 ng/mLだ。文字通り、スケールが違いすぎる。 そこで、これらの物質の測定は「化学発光免疫測定装置」という別の装置で検査が実施される。 ↑化学発光免疫測定装置 検査原理上、蓋を開けてしまうと動作が中断するため、中を見ることは出来ない この装置は、標的物質(抗原)とそれに結合する抗体を利用した抗原抗体反応を測定原理としている。抗体に標識されて発光する物質を用いることで、光の強さから標的物質の濃度を測定する。こちらも全自動での検査システムに組み込まれているが、反応過程で洗浄操作なども含まれることから、生化学自動分析装置よりも測定に時間がかかってしまうという。 検体を自動で保管 これらの検査では、採血した血液をすべて使うわけではない。分注後も採血管には十分量の血液(血清)が残っている。従って残った血液は一週間冷蔵保存し、再検査や追加検査に備えることになっている。そして、その冷蔵過程もまた自動化されている。 ↑検体を一時保管する保冷庫 搬送システムに組み込まれており、検体は全自動でここに格納される 検査を終えた検体はベルトコンベアでこの保冷庫に運ばれ、保存される。人の手を介すること無く保管されるため、移動にかかる時間を最小限にでき、検体の劣化を最小限にできるのだ。 とはいってもこの保冷庫の容量では検査部が定める保管期間分の検体を保管できないため、別途保存用の冷蔵庫に移動させる必要があるという。再検査や追加検査に備え、1週間分の検体を冷蔵保存しているそうだ。 血糖値とHbA1c 上記のように生化学検査は自動化されている。とは言え、全ての検査を搬送システムに連結することは困難である。 例えば、糖尿病の所見となる血糖値とHbA1cの検査装置は搬送システムから切り離されている。 ↑左:HbA1c測定機 右:血糖値測定器 上記2項目は同時に検査依頼されることが多く、かつ生化学検査とは別の専用採血管を使う必要があるため、あえて搬送システムと切り離した運用をしている。一日あたり500件の検査を実施しているが、こちらの検査も自動分析されており、迅速な結果報告が可能である。 測定原理としては、血糖値は糖と酵素の反応を電気信号で捉える「酵素電極法」が、HbA1cは「高速流体クロマトグラフ」が用いられている。

  • 検査部取材企画「あなたの検体はどこへ向かうのか」③

    専門家の力 患者さんから採取した血液検体の検査は、現在では多くが自動化されている。人の関りが少ないように見えるが、日常診療で使用されている臨床検査データは、誤診が起きないように徹底した人による管理が行われ、その精度が担保されている。 精度を管理せよ​ どんな優れた機械、優れた方法を用いようと、測定誤差というものは常に存在する。それのみならず、検体の取り扱いが適切でなければ、正しいデータが出るはずがない。その管理は人の力による。 東北大学病院検査部では、ISO15189という臨床検査室における検査の品質と能力に関する要求事項を満たす国際規格を取得している。日常の検査では、検体の採取から搬送、実施中の検査と装置の管理、検査後のデータが医師に届くまでの一連を管理し、正確な検査データが迅速に届くように行われている。 必要なデータを追い求める また、各分野に精通した臨床検査技師が検査を行うことで、病気の早期発見のため医師への付加価値のある情報提供も行っている。例えば、検査データを見て、診断をするにはデータが足りないと判断した場合は、上記のフローサイトメトリーなどの追加検査を実施するなど、必要な検査を医師に対して提案することもある。 総括 採血検査は非常にメジャーな検査だ。しかしながら、採血後の血液検体がどこにいくのかということについては、一般的に広く知られているとは言い難い。そこで今回は、生化学検査と血液検査がどのように進むのかという舞台裏を紹介した。 検査部では日夜、診療に不可欠なデータを提供している。そしてそれは、専門家による人の力と、最先端の機材による機械の力あってこそなのだ。 参考文献 メディックメディア(2017)「検査」, 医療情報科学研究所「病気がみえる vol.5 血液(第2版)株式会社メディックメディア」p.12 東北大学病院「各検査室紹介 | 東北大学病院」, 東北大学病院, https://www.hosp.tohoku.ac.jp/departments-3/d3101/introduction/ (2022/10/05) 日本医療検査科学会(2020)「日本医療検査科学会第52回大会 第10 回 血液検査機器技術セミナー」, 日本医療検査科学会, https://jcls.or.jp/wp-content/uploads/2021/04/cdcdf780609304d0f717b7741aaf2d81.pdf (2022/10/05) 文責:東北大学医学部医学科4年 病院企画班 松原光希

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    血液検査 その他に行われているのが血液検査だ。生化学検査では血清または血漿中の分子を検査していたが、こちらでは赤血球や白血球、血小板など、血液中の細胞の数や異常を見つける、よりマクロな検査が行われている。また、止血に関わる凝固系の検査や血小板の機能検査、血栓症に関わる検査なども行われている。 血球算定・血液像​ ↑血球分析に用いる装置一式 血球算定の検査検体は、専用の採血管に採血され検査室に運ばれてくる。検体は専用のラックに収められ、この装置にセットされる。 多項目自動血球分析装置​ ↑多項目自動血球分析装置 血液中の赤血球や白血球、血小板などの血球は、体中の組織に酸素を運んだり、細菌やウイルスなどの病原体と戦ったり、止血に関わったりする重要な細胞である。それがどれ程存在しているか、またそれらに異常はないかというのは、臨床上非常に重要な情報だ。 かつては顕微鏡を使って一つ一つ血球を数えていたこの検査も、今や自動化されている。1回の検体吸引により、赤血球、白血球、血小板の計数、ヘモグロビン濃度、白血球分類の測定が可能である。この測定を「血算」と呼ぶ。 血球計数の基本的な原理は、「シースフローDC検出法」と呼ばれる原理が用いられている。これは血球が殆ど電流を通さないことを利用し、血球が極小の孔を通る時の周辺の電気抵抗の変化を計測することで、孔を通過した血球の数と体積を導き出している。血球の大きさはその種類によって異なるので、そこから血球の分類が可能である。 貧血の診断に使用されるヘモグロビン濃度は、「SLS-ヘモグロビン法」という原理を用いている。赤血球内に含まれるヘモグロビンを試薬により転化させ、その色素から検体のヘモグロビン濃度を算出するものである。 白血球分類の測定は、半導体レーザーを利用したフローサイトメトリー法を用いている。血球一つ一つにレーザーを当て、その散乱光をとらえることで、血球の大きさや内部構造の複雑さ、細胞内成分の多寡を判別するものである。これにより白血球を好中球、好酸球、好塩基球、単球、リンパ球に細分類し、その増減、また異常な血球の有無を解析する。 ↑フローサイトメトリーの概略図 収納機 ↑収納機 右にあるのが先程の多項目自動血球分析装置である ↑収納機の内部 血算で特に異常が認められなかったものは、この収納機に一時保存される。仮に再検査や追加検査が必要だった場合に備え、必要になった検体をすぐに取り出せるように収納ポジションが把握できるように管理されている。 塗抹標本作成装置・鏡検 ↑塗抹標本作製装置 右に先程の収納機が置かれている 血算測定で異常が見つかった場合、臨床検査技師による顕微鏡観察が必要となる。この塗抹標本作製装置は、その作業を驚異的に効率化するものだ。 先の装置で血算を測定したときに異常が検出された場合、検体は先程の収納機に収められる前に、この装置に入る。この装置は少量の検体を薄くスライドガラスに広げた「血液塗抹標本」を自動で作る。血液像の観察では、適切に作製された標本を使用しないと血液細胞の異常を正確に判定することができない。この装置の活躍により、顕微鏡検査を担当する臨床検査技師たちは、この装置からスライドガラスを取るだけで、良質な塗抹標本を得ることが出来るのだ。 塗抹標本を作り終えると、検体の入った採血管は今度こそ収納機に収められる。 ↑顕微鏡観察に使われる顕微鏡 原始的とも思える顕微鏡観察であるが、これもまた重要な検査である。 血球の中には装置では検出できない細胞形態の変化というものも存在する。たとえばウイルス感染時のリンパ球の変化や正常細胞に紛れ込んでいる造血器腫瘍細胞などは装置で完璧に識別できるわけではなく、顕微鏡下で人の目でとらえられる。詳細な細胞分類は機械で行うには至っておらず、判別するには鏡検が必須なのである。 検査機器の性能は向上しているが、その機械を効果的に使用し、人の力を合わせることで病気の早期発見ができるのである。 凝固系​ ↑全自動血液凝固測定装置 凝固系:血液はきちんと固まるか ヒトの血液には凝固系という止血システムが存在する。血中のフィブリノゲンという糖タンパクはトロンビンの作用により、フィブリンというメッシュ状の繊維に変化し、血液を凝固させる。 この凝固系を試験管内で再現し、血液が凝固するまでの時間を測定することで、止血異常などの有無を確認することができ、手術など処置前の非常に重要な情報となる。この機械では凝固系を活性化させる試薬を検体の血漿成分に投入し、凝固するまでの時間を自動で計測してくれる。これにより止血の能力やその異常を確認することができ、また現在では、血液中の凝固反応の過剰を表す分子マーカーや血栓の有無をとらえることもできる。 フローサイトメーター 多項目自動血球分析装置に搭載されているフローサイトメトリーだが、細胞解析に特化した専用の機材も存在する。 こちらでは、細胞にレーザーを照射し、その散乱光から得られる情報だけではなく、蛍光色素の付いた抗体を利用することで、細胞表面または細胞内にある細胞系統を特定する抗原や細胞機能を表す分子を同定することが可能である。 ここから得られる情報は、リンパ球サブセットの分類や、造血器腫瘍の診断に使用される。顕微鏡ではわからない細胞の特徴や異常をこの機械でとらえることができる。 このフローサイトメトリーを院内のルーチン検査で実施している施設は少なく、多くは外注委託となっている。東北大学病院検査部では上記の検査を行った上で、更に情報が必要な場合に、さまざまな造血器腫瘍に柔軟に対応し、迅速な検査結果の報告を行っている。 ↑フローサイトメーター

  • 検査部取材企画「あなたの検体はどこへ向かうのか」①

    診療現場において日常的に行われている血液検査。診断にも治療効果の評価にも不可欠な血液検査だが、そのデータがいかにして報告されているかということは、あまり知られていない。 今回は患者さんから採取された検体が、如何なる工程を経て、診察室に届けられるデータとなるか紹介していく。 生化学検査 まず紹介するのは、特定分子の濃度や活性を測定する、いわゆる生化学検査だ。 生化学検査の項目には血糖や総蛋白、脂質といったものや、ASTやLDH、γ-GTPといった酵素、クレアチニンのような代謝産物などがある。 異常所見が何を示唆するかはそれぞれの指標によって異なる。例えばASTやALTが上昇していれば肝疾患を疑い、クレアチニンの異常高値があれば腎機能障害や脱水を疑うことが出来る。 徹底的な自動化 かつてはこれらの検査も一つ一つ臨床検査技師の手で行われていたそうだが、現在の東北大学病院では、一日に800~1000件もの検体を検査せねばならない。その数に対応するため、検査件数の多いものに関しては、検査の工程の殆どが高度に自動化されている。 採血室から来た検体は、まずこの装置によって遠心分離を受ける。 ↑遠心分離機 これにより血液は「血餅」と「血清」に分離される。生化学検査に必要なのは、この透き通った血清の方だ。 ↑血餅(下部)と血清(上部)に分離された血液検体 両者を分ける中央部の白色の分画は分離剤 分離された検体は、次のこの自動分注装置にセットされる。 ↑自動分注装置 ここからの処理は、その殆どが自動で行われる。 生化学検査は複数の分析装置で行われる検査を一本の採血管で賄っている。分注装置は検体の入った採血管のバーコードを読み取り、病院システムから依頼された検査を参照し、検査に必要な分析装置数に応じて子管に分注する。さらに子管はベルトコンベア(搬送システム)で各検査装置に運ばれ、検査依頼に応じて各検査が全自動で行われることになる。子管に分注するメリットは、複数の検査装置で同時に検査が開始することができるため、報告時間を短縮できる点である。 一時間に80人分:生化学検査自動分析装置 ↑生化学検査自動分析装置 この自動分析装置では、肝機能の検査に必要なASTやALT、腎機能を反映するクレアチニンや尿素窒素など、非常に多くのバイオマーカーを測定している。 ↑生化学検査自動分析装置の一部。4本のアームで試薬を撹拌する。黒い円状のパーツに開いている四角形の穴が、検体や試薬を入れる「セル」である この機械の中では、ラベルから行うべき検査を読み取り、それに対応した試薬の注入と吸光度測定を実施し、目的の物質の濃度や活性を導き出す。この工程は全自動で行われる。 検査速度も非常に速い。この機械一台で、最大で一時間に2000テストもの検査を行うことが出来る。一検体で行う検査数や、試薬と検体を反応させるパーツである「セル」の洗浄時間を加味しても、一時間に70~80人分もの検体を測定することが出来るという。 腫瘍マーカーやホルモンのスペシャリスト:化学発光免疫測定装置 完璧にも思える自動分析装置だが、弱点は存在する。吸光度測定によって濃度を計測するという都合上、腫瘍マーカーやホルモンなど、血中濃度が非常に低い物質の解析は困難なのだ。 自動分析装置で分析可能な物質の一つ、直接ビリルビンの正常値は0.5 mg/dL以下とされている。一方で胃癌や大腸癌の腫瘍マーカーであるCEAの正常値は5.0 ng/mLだ。文字通り、スケールが違いすぎる。 そこで、これらの物質の測定は「化学発光免疫測定装置」という別の装置で検査が実施される。 ↑化学発光免疫測定装置 検査原理上、蓋を開けてしまうと動作が中断するため、中を見ることは出来ない この装置は、標的物質(抗原)とそれに結合する抗体を利用した抗原抗体反応を測定原理としている。抗体に標識されて発光する物質を用いることで、光の強さから標的物質の濃度を測定する。こちらも全自動での検査システムに組み込まれているが、反応過程で洗浄操作なども含まれることから、生化学自動分析装置よりも測定に時間がかかってしまうという。 検体を自動で保管 これらの検査では、採血した血液をすべて使うわけではない。分注後も採血管には十分量の血液(血清)が残っている。従って残った血液は一週間冷蔵保存し、再検査や追加検査に備えることになっている。そして、その冷蔵過程もまた自動化されている。 ↑検体を一時保管する保冷庫 搬送システムに組み込まれており、検体は全自動でここに格納される 検査を終えた検体はベルトコンベアでこの保冷庫に運ばれ、保存される。人の手を介すること無く保管されるため、移動にかかる時間を最小限にでき、検体の劣化を最小限にできるのだ。 とはいってもこの保冷庫の容量では検査部が定める保管期間分の検体を保管できないため、別途保存用の冷蔵庫に移動させる必要があるという。再検査や追加検査に備え、1週間分の検体を冷蔵保存しているそうだ。 血糖値とHbA1c 上記のように生化学検査は自動化されている。とは言え、全ての検査を搬送システムに連結することは困難である。 例えば、糖尿病の所見となる血糖値とHbA1cの検査装置は搬送システムから切り離されている。 ↑左:HbA1c測定機 右:血糖値測定器 上記2項目は同時に検査依頼されることが多く、かつ生化学検査とは別の専用採血管を使う必要があるため、あえて搬送システムと切り離した運用をしている。一日あたり500件の検査を実施しているが、こちらの検査も自動分析されており、迅速な結果報告が可能である。 測定原理としては、血糖値は糖と酵素の反応を電気信号で捉える「酵素電極法」が、HbA1cは「高速流体クロマトグラフ」が用いられている。