診療現場において日常的に行われている血液検査。診断にも治療効果の評価にも不可欠な血液検査だが、そのデータがいかにして報告されているかということは、あまり知られていない。 今回は患者さんから採取された検体が、如何なる工程を経て、診察室に届けられるデータとなるか紹介していく。 生化学検査 まず紹介するのは、特定分子の濃度や活性を測定する、いわゆる生化学検査だ。 生化学検査の項目には血糖や総蛋白、脂質といったものや、ASTやLDH、γ-GTPといった酵素、クレアチニンのような代謝産物などがある。 異常所見が何を示唆するかはそれぞれの指標によって異なる。例えばASTやALTが上昇していれば肝疾患を疑い、クレアチニンの異常高値があれば腎機能障害や脱水を疑うことが出来る。 徹底的な自動化 かつてはこれらの検査も一つ一つ臨床検査技師の手で行われていたそうだが、現在の東北大学病院では、一日に800~1000件もの検体を検査せねばならない。その数に対応するため、検査件数の多いものに関しては、検査の工程の殆どが高度に自動化されている。 採血室から来た検体は、まずこの装置によって遠心分離を受ける。 ↑遠心分離機 これにより血液は「血餅」と「血清」に分離される。生化学検査に必要なのは、この透き通った血清の方だ。 ↑血餅(下部)と血清(上部)に分離された血液検体 両者を分ける中央部の白色の分画は分離剤 分離された検体は、次のこの自動分注装置にセットされる。 ↑自動分注装置 ここからの処理は、その殆どが自動で行われる。 生化学検査は複数の分析装置で行われる検査を一本の採血管で賄っている。分注装置は検体の入った採血管のバーコードを読み取り、病院システムから依頼された検査を参照し、検査に必要な分析装置数に応じて子管に分注する。さらに子管はベルトコンベア(搬送システム)で各検査装置に運ばれ、検査依頼に応じて各検査が全自動で行われることになる。子管に分注するメリットは、複数の検査装置で同時に検査が開始することができるため、報告時間を短縮できる点である。 一時間に80人分:生化学検査自動分析装置 ↑生化学検査自動分析装置 この自動分析装置では、肝機能の検査に必要なASTやALT、腎機能を反映するクレアチニンや尿素窒素など、非常に多くのバイオマーカーを測定している。 ↑生化学検査自動分析装置の一部。4本の...
専門家の力 患者さんから採取した血液検体の検査は、現在では多くが自動化されている。人の関りが少ないように見えるが、日常診療で使用されている臨床検査データは、誤診が起きないように徹底した人による管理が行われ、その精度が担保されている。 精度を管理せよ どんな優れた機械、優れた方法を用いようと、測定誤差というものは常に存在する。それのみならず、検体の取り扱いが適切でなければ、正しいデータが出るはずがない。その管理は人の力による。 東北大学病院検査部では、ISO15189という臨床検査室における検査の品質と能力に関する要求事項を満たす国際規格を取得している。日常の検査では、検体の採取から搬送、実施中の検査と装置の管理、検査後のデータが医師に届くまでの一連を管理し、正確な検査データが迅速に届くように行われている。 必要なデータを追い求める また、各分野に精通した臨床検査技師が検査を行うことで、病気の早期発見のため医師への付加価値のある情報提供も行っている。例えば、検査データを見て、診断をするにはデータが足りないと判断した場合は、上記のフローサイトメトリーなどの追加検査を実施するなど、必要な検査を医師に対して提案することもある。 総括 採血検査は非常にメジャーな検査だ。しかしながら、採血後の血液検体がどこにいくのかということについては、一般的に広く知られているとは言い難い。そこで今回は、生化学検査と血液検査がどのように進むのかという舞台裏を紹介した。 検査部では日夜、診療に不可欠なデータを提供している。そしてそれは、専門家による人の力と、最先端の機材による機械の力あってこそなのだ。 参考文献 メディックメディア(2017)「検査」, 医療情報科学研究所「病気がみえる vol.5 血液(第2版)株式会社メディックメディア」p.12 東北大学病院「各検査室紹介 | 東北大学病院」, 東北大学病院, https://www.hosp.tohoku.ac.jp/departments-3/d3101/introduction/ (2022/10/05) 日本医療検査科学会(2020)「日本医療検査科学会第52回大会 第10 回 血液検査機器技術セミナー」, 日本医療検査科学会, https://jcls.or.jp/wp-content/uploads/2021/04/cdcdf7...
血液検査 その他に行われているのが血液検査だ。生化学検査では血清または血漿中の分子を検査していたが、こちらでは赤血球や白血球、血小板など、血液中の細胞の数や異常を見つける、よりマクロな検査が行われている。また、止血に関わる凝固系の検査や血小板の機能検査、血栓症に関わる検査なども行われている。 血球算定・血液像 ↑血球分析に用いる装置一式 血球算定の検査検体は、専用の採血管に採血され検査室に運ばれてくる。検体は専用のラックに収められ、この装置にセットされる。 多項目自動血球分析装置 ↑多項目自動血球分析装置 血液中の赤血球や白血球、血小板などの血球は、体中の組織に酸素を運んだり、細菌やウイルスなどの病原体と戦ったり、止血に関わったりする重要な細胞である。それがどれ程存在しているか、またそれらに異常はないかというのは、臨床上非常に重要な情報だ。 かつては顕微鏡を使って一つ一つ血球を数えていたこの検査も、今や自動化されている。1回の検体吸引により、赤血球、白血球、血小板の計数、ヘモグロビン濃度、白血球分類の測定が可能である。この測定を「血算」と呼ぶ。 血球計数の基本的な原理は、「シースフローDC検出法」と呼ばれる原理が用いられている。これは血球が殆ど電流を通さないことを利用し、血球が極小の孔を通る時の周辺の電気抵抗の変化を計測することで、孔を通過した血球の数と体積を導き出している。血球の大きさはその種類によって異なるので、そこから血球の分類が可能である。 貧血の診断に使用されるヘモグロビン濃度は、「SLS-ヘモグロビン法」という原理を用いている。赤血球内に含まれるヘモグロビンを試薬により転化させ、その色素から検体のヘモグロビン濃度を算出するものである。 白血球分類の測定は、半導体レーザーを利用したフローサイトメトリー法を用いている。血球一つ一つにレーザーを当て、その散乱光をとらえることで、血球の大きさや内部構造の複雑さ、細胞内成分の多寡を判別するものである。これにより白血球を好中球、好酸球、好塩基球、単球、リンパ球に細分類し、その増減、また異常な血球の有無を解析する。 ↑フローサイトメトリーの概略図 収納機 ↑収納機 右にあるのが先程の多項目自動血球分析装置である ↑収納機の内部 血算で特に異常が認められなかったものは、この収納機に一時保存される。仮に再検査や追加検査...
診療現場において日常的に行われている血液検査。診断にも治療効果の評価にも不可欠な血液検査だが、そのデータがいかにして報告されているかということは、あまり知られていない。 今回は患者さんから採取された検体が、如何なる工程を経て、診察室に届けられるデータとなるか紹介していく。 生化学検査 まず紹介するのは、特定分子の濃度や活性を測定する、いわゆる生化学検査だ。 生化学検査の項目には血糖や総蛋白、脂質といったものや、ASTやLDH、γ-GTPといった酵素、クレアチニンのような代謝産物などがある。 異常所見が何を示唆するかはそれぞれの指標によって異なる。例えばASTやALTが上昇していれば肝疾患を疑い、クレアチニンの異常高値があれば腎機能障害や脱水を疑うことが出来る。 徹底的な自動化 かつてはこれらの検査も一つ一つ臨床検査技師の手で行われていたそうだが、現在の東北大学病院では、一日に800~1000件もの検体を検査せねばならない。その数に対応するため、検査件数の多いものに関しては、検査の工程の殆どが高度に自動化されている。 採血室から来た検体は、まずこの装置によって遠心分離を受ける。 ↑遠心分離機 これにより血液は「血餅」と「血清」に分離される。生化学検査に必要なのは、この透き通った血清の方だ。 ↑血餅(下部)と血清(上部)に分離された血液検体 両者を分ける中央部の白色の分画は分離剤 分離された検体は、次のこの自動分注装置にセットされる。 ↑自動分注装置 ここからの処理は、その殆どが自動で行われる。 生化学検査は複数の分析装置で行われる検査を一本の採血管で賄っている。分注装置は検体の入った採血管のバーコードを読み取り、病院システムから依頼された検査を参照し、検査に必要な分析装置数に応じて子管に分注する。さらに子管はベルトコンベア(搬送システム)で各検査装置に運ばれ、検査依頼に応じて各検査が全自動で行われることになる。子管に分注するメリットは、複数の検査装置で同時に検査が開始することができるため、報告時間を短縮できる点である。 一時間に80人分:生化学検査自動分析装置 ↑生化学検査自動分析装置 この自動分析装置では、肝機能の検査に必要なASTやALT、腎機能を反映するクレアチニンや尿素窒素など、非常に多くのバイオマーカーを測定している。 ↑生化学検査自動分析装置の一部。4本の...
専門家の力 患者さんから採取した血液検体の検査は、現在では多くが自動化されている。人の関りが少ないように見えるが、日常診療で使用されている臨床検査データは、誤診が起きないように徹底した人による管理が行われ、その精度が担保されている。 精度を管理せよ どんな優れた機械、優れた方法を用いようと、測定誤差というものは常に存在する。それのみならず、検体の取り扱いが適切でなければ、正しいデータが出るはずがない。その管理は人の力による。 東北大学病院検査部では、ISO15189という臨床検査室における検査の品質と能力に関する要求事項を満たす国際規格を取得している。日常の検査では、検体の採取から搬送、実施中の検査と装置の管理、検査後のデータが医師に届くまでの一連を管理し、正確な検査データが迅速に届くように行われている。 必要なデータを追い求める また、各分野に精通した臨床検査技師が検査を行うことで、病気の早期発見のため医師への付加価値のある情報提供も行っている。例えば、検査データを見て、診断をするにはデータが足りないと判断した場合は、上記のフローサイトメトリーなどの追加検査を実施するなど、必要な検査を医師に対して提案することもある。 総括 採血検査は非常にメジャーな検査だ。しかしながら、採血後の血液検体がどこにいくのかということについては、一般的に広く知られているとは言い難い。そこで今回は、生化学検査と血液検査がどのように進むのかという舞台裏を紹介した。 検査部では日夜、診療に不可欠なデータを提供している。そしてそれは、専門家による人の力と、最先端の機材による機械の力あってこそなのだ。 参考文献 メディックメディア(2017)「検査」, 医療情報科学研究所「病気がみえる vol.5 血液(第2版)株式会社メディックメディア」p.12 東北大学病院「各検査室紹介 | 東北大学病院」, 東北大学病院, https://www.hosp.tohoku.ac.jp/departments-3/d3101/introduction/ (2022/10/05) 日本医療検査科学会(2020)「日本医療検査科学会第52回大会 第10 回 血液検査機器技術セミナー」, 日本医療検査科学会, https://jcls.or.jp/wp-content/uploads/2021/04/cdcdf7...
血液検査 その他に行われているのが血液検査だ。生化学検査では血清または血漿中の分子を検査していたが、こちらでは赤血球や白血球、血小板など、血液中の細胞の数や異常を見つける、よりマクロな検査が行われている。また、止血に関わる凝固系の検査や血小板の機能検査、血栓症に関わる検査なども行われている。 血球算定・血液像 ↑血球分析に用いる装置一式 血球算定の検査検体は、専用の採血管に採血され検査室に運ばれてくる。検体は専用のラックに収められ、この装置にセットされる。 多項目自動血球分析装置 ↑多項目自動血球分析装置 血液中の赤血球や白血球、血小板などの血球は、体中の組織に酸素を運んだり、細菌やウイルスなどの病原体と戦ったり、止血に関わったりする重要な細胞である。それがどれ程存在しているか、またそれらに異常はないかというのは、臨床上非常に重要な情報だ。 かつては顕微鏡を使って一つ一つ血球を数えていたこの検査も、今や自動化されている。1回の検体吸引により、赤血球、白血球、血小板の計数、ヘモグロビン濃度、白血球分類の測定が可能である。この測定を「血算」と呼ぶ。 血球計数の基本的な原理は、「シースフローDC検出法」と呼ばれる原理が用いられている。これは血球が殆ど電流を通さないことを利用し、血球が極小の孔を通る時の周辺の電気抵抗の変化を計測することで、孔を通過した血球の数と体積を導き出している。血球の大きさはその種類によって異なるので、そこから血球の分類が可能である。 貧血の診断に使用されるヘモグロビン濃度は、「SLS-ヘモグロビン法」という原理を用いている。赤血球内に含まれるヘモグロビンを試薬により転化させ、その色素から検体のヘモグロビン濃度を算出するものである。 白血球分類の測定は、半導体レーザーを利用したフローサイトメトリー法を用いている。血球一つ一つにレーザーを当て、その散乱光をとらえることで、血球の大きさや内部構造の複雑さ、細胞内成分の多寡を判別するものである。これにより白血球を好中球、好酸球、好塩基球、単球、リンパ球に細分類し、その増減、また異常な血球の有無を解析する。 ↑フローサイトメトリーの概略図 収納機 ↑収納機 右にあるのが先程の多項目自動血球分析装置である ↑収納機の内部 血算で特に異常が認められなかったものは、この収納機に一時保存される。仮に再検査や追加検査...